広島高等裁判所岡山支部 昭和38年(ネ)120号 判決 1967年4月26日
控訴人・付帯被控訴人(原告) 渡辺五六
被控訴人・付帯控訴人(被告) 岡山税務署長
訴訟代理人 川本権祐 外三名
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
二、被控訴人(付帯控訴人)が昭和二八年四月一日付けで更正し、同三六年一月一六日付け審査決定により減額された、(一)控訴人(付帯被控訴人)の昭和二六年度分所得税について、所得金額を二四二万九二八五円、所得税額を一一〇万一一一〇円とする更正処分のうち、所得金額につき二三八万三七七五円、所得税額につき一〇七万六〇八〇円をこえる部分、(二)重加算税五五万〇五〇〇円の賦課処分のうち五三万八〇〇〇円をこえる部分を、取り消す。
三、控訴人(付帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人(付帯被控訴人)の、その余を被控訴人(付帯控訴人)の負担とする。
事実
第一、双方の申立て
一、控訴人(付帯被控訴人。以下たんに控訴人という)は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人(付帯控訴人。以下たんに被控訴人という)が昭和二八年四月一日付けで更正し、同三六年一月一六日付け審査決定により減額された、控訴人の昭和二六年度分所得税について、所得金額を二四二万九二八五円、所得税額を一一〇万一一一〇円とする更正処分のうち、所得金額一二万七九〇〇円をこえる部分、および重加算税五五万〇五〇〇円の賦課処分を、取り消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決ならびに被控訴人の付帯控訴申立てに対し、控訴棄却の判決を求めた。
二、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求め、付帯控訴として「原判決のうち被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。
第二、双方の主張
当事者双方の主張は、左記に当審において補充された主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決添付別表57の被告主張欄に「右外四口分」とあるのを「下の外四口分」と、同末尾74の原告主張欄に「一二七、二九〇」とあるのを「一二七、九〇〇」と訂正する)から、これを引用する。
一、控訴人の主張の補充
1、年初現在高について
イ、原判決添付別表31、32について
被控訴人は、別表4廃材の四九万九四九二円四〇銭を売上高(利益)に計上しているが、それに対応する年初現在高(損失)を認めていない。被控訴人は、昭和三五年七月二七日付け準備書面において控訴人が終戦時に払下げを受けた軍需物資(廃材)の払下げ価額として、四万円を年初現在高の原材料科目に追加計上したが、四万円の廃材が四九万円余の高額に売却されることはありえない。被控訴人は乙一六号証に「三、四万円」とある記載を捉えて、その最高額である四万円と認定したというけれども、仔細に見れば三四万円であることが明らかである。この払下品のうちに年末現在高の16薄板が含まれるが、薄板は昭和二六年度中使用していないから、31薄板三トンが年初現在高に生ずる(そこで、16薄板についても判定を求める)。
前記の軍払下物資三四万円は、昭和二五年末までに売却した九万六八〇〇円と年末現在高の22その他四五〇〇円と年初現在高の原材料科目中の31薄板一八万八七〇〇円と25鉄板一〇万円のうち五万円である。
ロ、別表33、34について
売上高の2製品五〇一台、4廃材(不良品)一三四台分、年末現在高の9原材料、鋳物三〇〇貫、二三台分、20仕掛品五〇台、21製品一二台の合計七二〇台から、仕入高の36鋳物、大発工業所よりの六〇〇台分、37鋳物、大東工業所よりの六〇台分、38鋳物、久米鉄工所よりの一〇台分の合計六七〇台を差し引いた五〇台が、年初現在高の33仕掛品四〇台、34製品一〇台である。被控訴人はこれによつて調査し、所得計算すべきである。
2、仕入高の別表36、37について
イ、36鋳物、大発工業所よりの六〇〇台分の価額について
36鋳物は、被控訴人の主張によると、年末現在高の9鋳物三〇〇貫と19鋳物五〇台分にあたるとされているが、またその主張によると、19鋳物五〇台分の価額は合計二六万円であるという。これを一台あたりにすると五二〇〇円となつて、控訴人の主張する36鋳物、大発工業所よりの仕入価額の一台あたり五二〇〇円と完全に一致する。この点から見ても、36鋳物、大発工業所よりの六〇〇台分は、一台分あたり五二〇〇円の総額三一二万円が正当であることが判明する。のみならず、36鋳物は、9、19鋳物にあたるとしながら、その価額を一三万〇五〇〇円であるとしているが、被控訴人の主張によつても、9鋳物は五万四〇〇〇円、19鋳物は二六万円であるから、その計は三一万四〇〇〇円の筈である。これを一三万〇五〇〇円と少額に表示するのは、被控訴人じしんの主張からしても、間違いである。
控訴人は36鋳物、豆すり機六〇〇台分の代金合計三一二万円を木村庶幾に支払い、同人はその全額を受領して領収書を発行したのである。
しかるに、被控訴人はその金額を36、37鋳物で合計八九万〇九一〇円と想定して主張している。しかし、そのうち三三万九六一〇円が大東工業所よりの購入と判明したのみで、残余の五五万一三〇〇円は何処の業者から購入したかも調査せず、何処の業者であろうと、大東工業所の単価と同一価額で購入したものと想像し、売上高の販売台数の鋳物の目方と年末現在高の鋳物の目方に、大東工業所の単価を乗じたものを全体の鋳物の購入金額とする、という仮想による金額の算出から生まれた数字である。
なお、被控訴人が支払勘定のうち購入(支払)先不明の理由で金額のみを表示しているのは、この鋳物の購入先だけで、その他の支払勘定は全部その購入(支払)先と金額の双方を明示している。それでこそ取引の真の実体が判明するが、購入先不明のまま想像の金額のみの主張を続けるのは、経理の原則を無視した主張である。
ロ、豆すり機の所要鋳物重量と価格について
鋳物製品を製作するには、仕上量として、形状、仕上の難易により相当量の減量を生じ、鋳物業者より仕入れる重量と製品として出荷する重量との間には、相当の開きがある。昭和二六年度分は大幅の設計の変化を生じて、価額も安くなつていたほか、型式にも動力型、足踏式の二種類を製作していた。この両型式の重量の差は一台あたり約九貫程度の増量ともなるのに、これを一本に約八貫と見るのは不当である。
被控訴人は、控訴人が主として大東工業所より鋳物を購入し、その価額は一貫あたり一八〇円であつた、としている。控訴人はこれを否認するのではないが、主として大東工業所から購入したという点は否認する。大発工業所分に比して大東工業所分は安価になるので、控訴人はできるだけ大東工業所を応援して試験的に発注したが、良品は少量で不良品を生産したため、損失を生じ、倒産の因を作ることになつたのである。大東工業所からは六〇台分の良品を選別組合わせして使用したが、これをもつて全体の鋳物が同一であると認定したのは誤りである。
大発工業所の鋳物は、木村庶幾の技術により、高価ではあつても良品であつた。控訴人は従前、久米鉄工所へ安価な鋳物を発注していたが、品質が悪く漸次、使用できなくなつたので、良品を作ることを唯一の目的として、可鍛鋳鉄の専門家である木村との間で、高価ではあつても購入の契約をしたのである。
3、仕入高の42、49について
42の控訴人主張額は誤算であつたから、被控訴人主張額を認める。49の控訴人主張額を六万五五五〇円と訂正する。以上により控訴人の所得額は従前主張の一二万七九〇〇円よりさらに減少する。
4、営業費について
イ、69交際費について
控訴人が計上した交際費は、総売上高六二五万三五〇〇円に対する〇・〇八パーセントにすぎない。一パーセントの六万円でも常識であるのに、さらにその一〇分の一以下であるから、当然、認められて然るべきである。
ロ、70旅費について
旅費は毎月五〇〇〇円程度で、一年分六万円となるのに、その三分の一の二万〇七六〇円を計上したのであるから、当然、認められて然るべきである。
二、被控訴人の主張の補充
1、控訴人の補充主張に対する反論
イ、別表31、32について
控訴人は払下物資の取得価額を三、四万円と申し立てたのである(乙一六)。係争年中に4廃材四九万九四九二円が売却されたからといつて、ただちに払下物資の購入価額が三四万円であるとはいえない。このことは、控訴人が売却した廃材販売品目等から判断しても、係争年中の豆すり機の製造過程において生じた廃材(鉄くず、パイプ、真鍮、平鉄等)も売却されていること、また払下物資の一部が売却されたとしても、廃材の時価は払下当時より相当値上がりしていること、によつても明らかである。
被控訴人は、年初現在高の31薄板(控訴人の主張)は払下物資の32廃材(被控訴人の主張)に含まれているものとして計算した。31が払下物資の一部であることは、控訴人も自認しているところである。してみれば、払下物資が四万円相当と認められるかぎり、被控訴人が右取得価額をもつて年初現在高としたことは適正である。控訴人の主張は、係争年中の所得を軽減するため、年初在庫を故意に過大評価したもので、税法上、取得原価で在庫を評価すべき原則を無視した主張である。
ロ、別表9、19、36について
被控訴人は、年末現在高の9鋳物三〇〇貫(五万四〇〇〇円)と19鋳物五〇台分(二六万円)に対する仕入として、36鋳物(9、19分)一三万〇五〇〇円を計上した。
被控訴人が19を鋳物五〇台分と表示した理由は、控訴人が調査の際、豆すり機五〇台分の仕掛品を鋳物と申し立てた(乙二)ので、便宜、鋳物の名目を使用したにすぎず、右にいう「鋳物」が仕掛品にあたるのである。これが9の鋳物と同じ性質のものでないことは、9鋳物は三〇〇貫として貫あたりの単価で計算しているのに対し、19鋳物は五〇台分として一台あたりの単価で計算していることによつても、明らかである。この間の事情は、控訴人も原審(昭和三〇・一〇・二七準備書面)以来すでに自認しているところであるから、この点に関する控訴人の補充主張は、被控訴人が9(鋳物じたい)と19(実質は仕掛品)につき、両者をともに鋳物と表示したことを捉えて、故意に曲解して主張しているものといわざるをえない。
次に、被控訴人が年末現在高として19鋳物五〇台分を二六万円と評価したのは、当初の調査の際、控訴人から仕掛品としての合格、不合格を区分して計算した申立てもなく、また帳簿記録がまつたくなかつたため、控訴人が申し立てた台数および単価(仕掛品一台あたり六〇〇〇円とすべきところ五二〇〇円と計算したのは、仕掛品の完成割合等によつて評価も異なるところから、申立額を認容したもの)を、所得計算の根基とした、妥当な計算方法である。
2、付帯控訴について
イ、原判決は、仕入高の42ボルト類、49ペイントの買入代金につき、また製造費、営業費につき、控訴人の主張額を認容したが、これは、免税事由である仕入、経費等についてまで被控訴人に立証責任があることを前提として判断したものと解される。
しかし、本件のように、被控訴人が控訴人主張の仕入代金、経費の一部について、その支出事実を否認し、その否認に一応、合理的理由がある場合は、控訴人において、自己の支出した仕入代金および経費の存在を積極的に立証すべき責任があるといわなければならない。しかるに被控訴人に立証責任があることを前提とした原審の判断は誤りである。
ロ、かりに、被控訴人に所得金額を確定する資料のすべてについて立証責任があるとしても、控訴人が係争年中に要した仕入代金、製造費、営業費は被控訴人の主張のとおりであるから、原判決のうち被控訴人敗訴部分の取消しと控訴人の請求の棄却を求める。
第三、証拠<省略>
理由
一、控訴人主張の請求原因(原判決事実摘示の二)の(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで以下、本件の各争点につき判断するが、がんらい、行政庁は所持の発生源泉となる取引の直接の当事者ではないから、いかなる取引先との間にいかなる取引が行なわれたかは、納税義務者がその取引について正確な記帳をしていないかぎり、これを正確に捕捉することは事実上、不可能というほかはなく、もし行政庁が損益計算により、すべての所得の発生源泉を具体的・個別的に指摘しないかぎり、課税が許されないとすると、正確な所得計算に必要な協力を拒む者に租税を免れさせるという、不当な結果を招来することになる。したがつて、申告所得に脱漏のあることが明らかな場合には、その発生源泉を損益計算によつて明らかにしえない場合でも、できるだけ合理的な、客観性のある方法によつて所得額を推計把握して、これに課税することが許されるものと解すべきである。
しかし、課税の対象たるべき所得は、ほんらい、客観的に定まつている筈のものであるから、行政庁がこれを認定するにあたつては、可能なかぎり損益計算の方法によつて、その発生源泉を個別的に明確にすべく、これが可能な場合に、安易に推計によることは許されない。そして、この場合、行政庁の認定した所得額、ひいては収入・支出の額についての立証責任は、原則として行政庁側が負担するものと解すべきである。
三、本件において、当事者双方の主張する各収支額は、原判決添付別表記載のとおりであるが、(ただし控訴人は前記の如くその一部を訂正した)所得額は、売上高から売上の原価(年初現在高に仕入高を加えたものから年末現在高を控除したもの)および製造費・営業費を差し引いたものであるから、その収支計算において、売上高および年末現在高は積極額、年初現在高、仕入高、製造費および営業費は消極額としての性質を有する。
四、売上高(積極額)について
別表3、4、6、7については当事者間に争いがなく、2、5については控訴人が被控訴人(行政庁)の認定よりも多額を主張するので、当事者に争いのない被控訴人主張の限度でこれを算定すべきである。
これによると、売上高の合計は被控訴人主張の六二四万一四七七円四〇銭となる。
五、年末現在高(積極額)について
(一) 別表9については、原材料たる鋳物の量が三〇〇貫であることは当事者間に争いがない。被控訴人はこれを貫一八〇円の計五万四〇〇〇円と主張し、控訴人は貫四〇〇円の計一二万円と主張する。この対立は後記の仕入高(消極額)の算定の争いに由来するものであるが、積極額たる年末現在高の認定としては、控訴人が被控訴人よりも多額を主張するのであるから、当事者間に争いのない被控訴人主張の限度でこれを算定すべきである。
(二) 同10、11、12、13については当事者間に争いがない。
(三) 同14については、被控訴人の方がより多額を主張しているが、成立に争いのない乙二号証によると、被控訴人主張の二万円と認めるのが相当である。
(四) 同15については、被控訴人のみがこれを主張するが、同号証によると、その主張は額の点を含めて正当と認められる。
(五) 同16、17、18については、控訴人が自らこれを主張するが、被控訴人がこれを存在しないものとして年末現在高を認定しているので、すべて除外して算定する(積極額については、より少額に認定される方が納税義務者にとつて有利であることは、言をまたない。控訴人は年初現在高の31に関連して16についての判定を求めるというが、31については別に述べる)。
(六) 同19、20、21について
19は鋳物五〇台分とあつて、被控訴人のみがこれを主張している形になつているが、これが文字どおりの鋳物でなく、控訴人主張の20仕掛品五〇台にあたることは、当事者双方の従前の主張、とくに控訴人の昭和三〇年一〇月二七日付準備書面(記録八八丁裏)の記載によつて明らかである(なお、9鋳物が三〇〇貫として量目で表示されているのに対し、19鋳物が五〇台分として台数によつて表示されていることによつても、これを知ることができる)。被控訴人は19鋳物(仕掛品)五〇台を二六万円と主張し、控訴人は20仕掛品五〇台を計二五万四七〇〇円と主張し、被控訴人の主張がわずかに多額となつているが、前掲乙二号証によると被控訴人主張の額が正当と認められる。
被控訴人の主張によると、20仕掛品一〇台、21製品二台という形になつているが、これが控訴人主張の21製品一二台にあたることは、当事者双方の従前の主張、とくに前記控訴人の準備書面の記載によつて明らかである。そして額については、被控訴人が計八万二二六〇円を主張するのに対し、控訴人がより多額の一〇万八〇〇〇円を主張するので、当事者間に争いのない被控訴人主張額の限度でこれを算定すべきである。
(七) 同22その他については、被控訴人の方がより多額を主張しているが、前掲乙二号証、成立に争いのない同一五号証および弁論の全趣旨によると、被控訴人主張の三万円と認めるのが相当である。
(八) 以上によると、年末現在高の合計は、被控訴人主張の六四万八七六〇円となる。
六、年初現在高(消極額)について
(一) 別表24ないし30については当事者間に争いがない。
(二) 同31、32について
控訴人主張の31薄板と被控訴人主張の32廃材とは、いずれも控訴人が戦後購入した軍払下物資の残品としての主張であるが、成立に争いのない乙一六号証、当審証人志賀俊雄の証言によると、控訴人は昭和二二年三月以降に三、四万円で購入したことが認められる。控訴人はこれが「三、四万円」でなく三四万円であるとして種々陳弁するが、とうてい採用できない。右購入後、係争年度に至るまでの間に払下品の一部を処分したことはありうるが、被控訴人はその額が不明であるため、払下品の取得価額(三、四万円のうちより多額の四万円)の全額を年初現在高として計上したもので、在庫を取得原価で評価したのは、もとより相当である。
控訴人は、売上高(積極額)4の廃材四九万九四九二円四〇銭を計上しながら、これに相応する年初現在高(消極額)を認めていないと抗争するが、前記乙一五号証、成立に争いのない同一七、一八号証、公文書であるので真正に成立したものと認められる同一九ないし二一号証によると、4廃材四九万九四九二円四〇銭の内訳は、横山農機具店、佐藤安五郎、土居喜一、萩島健蔵に売却した平鉄、パイプ、鉄砲油かん、鉄くず、真鍮等であつて、豆すり機の破損品を売却したものでなく、また控訴人主張の31薄板でもなく、被控訴人が32廃材の前記払下物資および製造費の57試験材料費の一部(金三平より購入した四万円分)として消極額のうちに計上ずみであることが認められる。
控訴人は払下物資を三四万円であるとして、31薄板を含めてその内訳を云々するが、これを肯認すべき根拠を欠く。
(三) 同33、34について
豆すり機の台数につき被控訴人は計一二台と主張し、控訴人は計五〇台と主張するが、成立に争いのない乙一号証によると、被控訴人主張の台数が正当と認められる。成立に争いのない甲五号証のうち、これに反する部分は措信し難い。一台あたりの価額も、被控訴人の方がより多額を認めているので、消極額たる年初現在高の認定としては、これにより算定すべきである。
(四) 以上によると、年初現在高の合計は被控訴人主張の七六万九二六〇円となる。
七、仕入高(消極額)について
(一) 控訴人の申告額の根拠資料について
前掲乙一、二号証、原審証人片岡武臣の証言によつて真正に成立したものと認められる同一二号証、前掲同一五ないし二一号証、成立に争いのない同二四、二五号証、公文書であるので真正に成立したものと認められる同二六号証、成立に争いのない同二七号証の一、二、原審証人中原猛、原審および当審証人志賀俊雄の証言および原審における控訴人本人の供述(一回)を綜合すると、次の事実を認めることができる。
昭和二七年七月一一日、控訴人は国税犯則の嫌疑により広島国税局調査査察部係官による臨検捜索を受けたが、その際、同二六年度の営業実績を示すべき帳簿書類等は、控訴人がすでにその大部分を破棄していたため、断片的にしか存在せず、控訴人の申告額は根拠資料のないものであつた。そこで、係官は控訴人に対し、同年度の収支決算を明らかにするため、数回にわたり、相当の日数をかけて、その記憶を喚起させながら各種の質問に対する陳述を求め、強制調査の際、係官が認知した事実について説明させ、また控訴人の記憶に基づいて所要の資料を作成、提出させる一方、係官等において、控訴人の取引先、すなわち原材料の仕入先、販売先や販売経路等について調査し、同国税局長の審査決定に至るまでこれを継続した。
以上のとおり認めることができ、これを左右すべき証拠はない。したがつて、本件においては、係争数額の決定は、直接の取引先を具体的に把握しえない場合には、ある程度、推定によらざるをえないわけである。
(二) 別表36、37について
被控訴人の主張は、売上高に年末現在高を加えたものから年初現在高を控除して、仕入高を逆算したものであるから、まず、より具体的な控訴人の主張から検討する。
1、控訴人の主張の当否
イ、成立に争いのない甲一、四、五、六、一三号証、後記木村の証言により真正に成立したものと認められる同一四号証の三、原審(一、二回)および当審証人木村庶幾の証言、原審における控訴人本人の供述(一回)は、控訴人の主張(大発工業所よりの仕入三一二万円)に符合するが、控訴人主張の長期かつ大量にわたる大発工業所との取引につき、これを裏付けるべき証憑は、右一片の領収証(甲一四の三)が存するにすぎず、右に関連して左記のような事情が認められるので、採用できない。
a、成立に争いのない甲七号証、後記中木の証言により真正に成立したものと認められる乙一〇号証、公文書であるので真正に成立したものと認められる同一三号証、二三号証の一、その体裁から真正に成立したものと認められる同号証の二および原審証人中田実、中木登の証言によると、前掲甲一四号証の三(領収証)作成の日付けである昭和二七年七月一日当時、作成名義人である木村庶幾が群馬県から岡山市に来たか、またその際、同人が右領収証作成の根拠としたというルーズリーフ式の大発工業所の帳簿が存在したかは、きわめて疑わしい。
b、前掲甲一号証、成立に争いのない同二号証、前掲証人中原猛、志賀俊雄の証言によると、前記強制調査の際は、係官により控訴人本人の第四回供述調書(乙二)の作成された昭和二七年八月一二日に大発工業所よりの仕入三一二万円が明確に主張されながら、その後も前記七月一一日付け領収証(甲一四の三)は提出されず、翌二八年一〇月五日に至つて初めて、これが告発後の事件担当検事に提出・領置されたこと、国税局係官は検事より示されて初めてこれを見、同年一一月一〇日ころ群馬県に赴いて木村の取調べをしたことが認められる。
前掲甲四号証および原審における控訴人本人の供述(一回)によると、強制調査の際、査察官に領収証(甲一四の三)を提示したが採り上げられなかつたといい、原審証人志賀に対する質問の内容よりすれば、提示したのは控訴人じしんでなく控訴人の妻であるという趣旨にも解されるが、右は前掲中原の証言、原審および当審証人志賀の証言に対比して、とうてい信用できない。
c、前掲甲六、一三号証、前掲証人中木の証言により真正に成立したものと認められる乙六、七号証の各一、二、同八ないし一〇号証、成立に争いのない同一四、三一ないし三四号証、前掲証人中田実、原審証人山後定志、武川寿、溝手兼義の証言、前掲証人中木登、木村庶幾の各証言の一部によると、大発工業所の営業は昭和二五年一〇月ころには行きづまり状態となり、木村庶幾が事実上これを引き継いで主宰したが、好転せず、昭和二六年一一月ころからその営業は双葉鋳造所に引き継がれたこと、大発工業所と控訴人とは昭和二五年中は取引がなく、双葉鋳造所と控訴人とは翌二六年中は取引がなかつたことが認められる。甲六、一三号証、乙一〇号証、証人木村、中木の証言のうち右認定に反する部分は、採用しない。
したがつて、本件係争の昭和二六年につき、一月から一一月ころまでの間に、控訴人の主張するような多額の取引を大発工業所と控訴人との間に認めることはできない。
d、原審証人小見山秀雄の証言により真正に成立したものと認められる乙二九号証によると、大発工業所に関係のある石井一男の名義で昭和二六年中も相当量の電力が使用されており、成立に争いのない甲二〇号証の一、二により認められる鋳物一トンあたりの所要電力量四五キロワツトと比較すると、一見、大発工業所において、その間、多量の鋳物が製造されたかのごとくであるが、同号証、前掲小見山の証言により真正に成立したものと認められる乙三〇号証、前掲同三一ないし三四号証、前掲証人小見山、山後、武川、溝手の証言を綜合すると、昭和二六年当時、石井は岡山市島田六九番地に三馬力の電動機を設備した鋳物工場と二馬力の電動機を設備した機械工場の二棟を所有し、このうち鋳物工場を大発工業に、機械工場を他に貸し付けていたが、両者の計量器の名義を石井一男としていたため、両者の電力使用量の合計が乙二九号証の記載となつていることが認められる。
したがつて、右電力使用量のうち大発工業所で使用した割合、また同工業所で控訴人あての鋳物製造に使用した割合につき、これを決定すべき証拠のない本件においては、とうてい前記の結論を左右するに足りない。
ロ 以上のとおり、36鋳物についての控訴人の主張は採用できないが、本件の最大の争点である36、37についての控訴人の主張は、大発工業所との取引関係を主体として構成されていることが明らかであるから、37鋳物(大東工業所分)に関する部分も、また従つて採用できないことになる。
2、被控訴人の主張の当否
控訴人が昭和二六年中に豆すり機を多数販売したことは当事者間に争いがないが、その原料鋳鉄の仕入高を個別的取引について明確にしうる資料がない。したがつて、被控訴人主張のように、売上高に年末現在高を加えたものから年初現在高を控除して、仕入高を逆算することも止むをえないところである。
イ、仕入鋳鉄量について
a、売上高(積極額)の2製品の台数につき、被控訴人は四九七台、控訴人は五〇一台を主張するので、当事者間に争いのない被控訴人主張台数の限度で算定すべきである。
b、年末現在高(積極高)の9鋳物三〇〇貫は当事者に争いがなく、被控訴人主張の19鋳物五〇台分が、控訴人主張の20仕掛品五〇台にあたること、被控訴人主張の20仕掛品、21製品の計一二台が控訴人主張の21製品一二台にあたることは、前述(五の(六))のとおりであるから、仕掛品五〇台、製品一二台も当事者間に争いがないことに帰する。
c、年初現在高(消極額)の33仕掛品、34製品が計一二台であることは、前認定(六の(三))のとおりである。
d、前掲乙一五号証、その体裁から真正に成立したものと認められる同二二号証、前掲証人中原、志賀の証言によると、昭和二六年中の豆すり機一台あたりの所要鋳物重量は平均約八貫と認められる。前掲甲五号証、成立に争いのない同九号証、前掲乙一五号証、原審証人木村庶幾の証言(二回)、原審における控訴人本人の供述(一回)のうち、これに反する部分はたやすく採用できない。
そして、被控訴人は一台あたりの所要鋳鉄重量を八・五貫と認定しているので、これにより算定すべきである。
ロ、仕入鋳鉄の価額について
成立に争いのない乙二、三、四号証、原審証人滝口文平の証言の一部によると、控訴人は昭和二六年度に主として大東工業所から鋳物を購入し、その取引における鋳物の価額は一貫あたり一二〇円から一八〇円であつたことが認められる。そして被控訴人はその最高額である一八〇円と認定しているので、これにより算定すべきである。
控訴人は、大発工業所との取引では、鋳物は一貫あたり四〇〇円であつたと主張し、前掲甲五号証、証人滝口、木村(原審二回)の証言、控訴人本人の供述(一回)には、これに副う部分があるが、これは成立に争いのない甲八号証、前掲乙一三号証に照らして措信し難く、かえつて前掲乙三一ないし三四号証、証人溝手、山後、武川の証言によると、大発工業所の製造鋳物もその品質、また従つてその価格において、特段に異なるものであつたとは認め難い。
ハ、価額の算出
以上認定の資料に従つて算出すると、36鋳物は、9の三〇〇貫と19五〇台分四二五貫の計七二五貫で貫あたり一八〇円の一三万〇五〇〇円となり、37鋳物は、2の四九七台分四二二四貫五で貫あたり一八〇円の七六万〇四一〇円となる。いずれも被控訴人主張のとおりである。
(三) 別表38、39、41、45、46、48は被控訴人の方がより多額を認定しているので、これにより算定すべく、40、42、43、44、47、50は当事者間に争いがない。
(四) 同49について、被控訴人の三万一四五〇円に対し、控訴人は六万五五五〇円とより多額を主張するが、これに符合する甲二四号証は後記証拠に照らしてたやすく採用し難く、当審証人志賀俊雄の証言および成立に争いのない乙三五号証、三七号証の一ないし三によると、被控訴人主張額が正当と認められる。
(五) 以上によると、仕入高の合計は、被控訴人主張の二四六万八四一四円三五銭となる。
八、製造費(消極額)について
一部につき争いがあるが、全体として被控訴人の方がより多額を主張しており、争いある部分も他の売上高、年内現在高、年初現在高、仕入高、営業費の内容に直接影響を及ぼすと認められないので、被控訴人主張の一〇〇万〇七〇二円八〇銭により算定すべきである。
九、営業費(消極額)について
(一) 別表60、61、62、64、65、67、68については、当事者間に争いがない。
(二) 同66広告費について、当事者間に争いのない毎日新聞二〇〇〇円、岡山県指導、農業協同組合五〇〇〇円の計七〇〇〇円のほか、控訴人は山陽新聞分として一万二四〇〇円を主張するが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二三号証によると、このうち一万二〇〇〇円の広告料の支出を認めることができる。したがつて、66は計一万九〇〇〇円となる。
(三) 同63通信費、69交際費、70旅費、71雑費について
イ、控訴人は、63につき当事者間に争いのない岡山印刷六〇〇〇円、岡山電話局一万四七九七円の計二万〇七九七円のほか、電信、はがき、切手代として七七七五円を、69につき仕入関係者数人を広珍軒に招待した費用五〇〇〇円を(昭三一・八・三〇準備書面、記録二三〇丁)、70につき販売・集金のための出張費二万〇七六〇円を、71につき当事者間に争いのない加藤末吉九〇〇円、岡山県農機具工業組合三三六六円、岡山電力協議会二〇四円、商工会議所一〇〇〇円の計五八九二円のほか、なお内訳不詳の二七二一円を主張する。
ロ、ところで、課税標準(所得金額)の算定に関する立証責任について、必要経費の控除は、雑損・医療費・社会保険料・生命保険料・扶養料等の法定の控除事由に類似した特別の主張であるから、その存在および額についての立証責任は、納税義務者たる原告にあるとする説があり、本件における被控訴人の主張もこれに副うものと解される。
しかし、課税処分の適法性を主張する行政庁は、ほんらい、課税標準の算定の正当性ないし一定の所得の存在につき立証責任を負担するのが当然であり、収入金額から必要経費を控除したものが課税標準たる所得金額であるから、必要経費が性質上、消極額に属するからといつて、ただちにその立証責任が控訴人側にあると論断するのは相当でない。したがつて、必要経費の存否および額についても、その立証責任は原則として被控訴人たる行政庁側にあるものと解すべきであるが、その性質上、支出者たる控訴人の指摘によらなければ、実体の把握が不可能な場合が少なくないと考えられる。控訴人が、行政庁の調査・認定しえた額をこえる多額を主張しながら、具体的にその内容を明らかにしない場合に、係争部分についての不存在の立証責任を行政庁に負担させることは、もとより妥当を欠く。
そこで、当裁判所は、以上の諸点を考慮し、必要経費について、控訴人が行政庁の認定額をこえる多額を主張しながら、具体的にその内容を指摘せず、したがつて、行政庁としてその存否・数額についての検証の手段を有しないときは、経験則に徴し相当と認められる範囲でこれを補充しえないかぎり、これを架空のもの(不存在)として取り扱うべきものと考える。
よつて以下、本件につき検討する。
ハ、63の差額七七七五円につき、控訴人はこれを電信、はがき、切手代であるといい、70の二万〇七六〇円は販売・集金等のための旅費であるという。被控訴人は、その認定資料がないとして度外視するが、本件にあらわれた控訴人の事業内容から見て、前記の各費用として相当の額が支出されたであろうことは、経験則に照らして疑いを容れない。問題はその額のみである。控訴人がその端数を主張しながら具体的内容に言及しないのは不審ではあるが、郵便代のごときはその性質上、個別的取引の内容を明らかにしえないのもある程度、無理からぬことである。63、70は前記事業内容に照らして必ずしも適当とはいえず、前掲乙一号証を綜合して控訴人の主張額を相当と認める。
ニ、69については、控訴人はその内容を具体的に指摘しているのに対し、被控訴人はなんらその反証を挙げない。したがつて69の五〇〇〇円は控訴人の主張をそのまま採用して算定すべきである。
ホ、71については、成立に争いのない乙三七号証の一、四および当審証人志賀俊雄の証言によると、被控訴人主張の五八九二円は控訴人の申立てをまつことなく、被控訴人の調査により積極的に認定・把握されたことが認められる。しかるに、控訴人はこれをこえる多額を主張しながら、なんらその内容を具体的に指摘しない。したがつて、行政庁としては、係争部分につき調査・検討の手段を有しないことに帰するから、これを不存在として取り扱うべきである。
(四) 72、73については、被控訴人のみがこれを主張しているので、その額による。
(五) 以上によると、営業費の合計は、被控訴人主張の二二万二五七五円に63、66の認定不足額および69、70の被控訴人主張額を加算した二六万八〇八五円となる。
一〇、所得額について
以上により控訴人の所得額を計算すると、二三八万三七七五円(一円未満の端数は切捨て。全体としては原判決の認定額を下廻るが、42、49については被控訴人の付帯控訴が理由があり、63、66(一部)、69、70については控訴人の控訴が理由があることになる)。
一一、税額について
1、本件係争年当時、控訴人には妻のほか二男四女の計七名の扶養親族があつたことが認められるので、所得税法の臨時特例に関する法律(昭和二六年法律二七三号)三条、五条により扶養控除額一一万一〇〇〇円、基礎控除額三万八〇〇〇円を前記所得額から差し引いたうえ、一〇〇円未満の端数を切り捨てた二二三万四七〇〇円が課税標準たる総所得金額となる。したがつて、前記特例法六条により、右金額に応じて同法別表第一により算出された金額から一〇円未満の端数を切り捨てた一〇七万六〇八〇円が、法定の所得税額とみなされる。
2、以上の認定事実に、前記(一)の右年度における所得金額を約一三万円、所得税額を〇円とする確定申告書を控訴人が提出したことを勘案すると、控訴人は所得税額の計算の基礎となるべき事実(とくに仕入材料費)の一部を隠ぺい、または仮装し、これに基づいて右のような過少な確定申告書を提出したものと認められるから、昭和二九年法律五二号による改正前の所得税法五七条の二(一項、六項)・五五条三項により右所得税額のうち一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた金額に基づいて算出した五三万八〇〇〇円の重加算税を控訴人より徴収すべきである。
一二、結論
以上によると、被控訴人のした処分は前記一〇、一一の各金額の範囲において適法であるが、これをこえる部分は違法として取消しを免れない。よつて、これと異なる限度において原判決を変更することとし、民事訴訟法三八六条、九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 林歓一 西尾政義 可部恒雄)